私設工房の作業日誌です。主に船を作っています。

ピットロード1/700航空母艦「龍鳳」(1944)の製作(9)
製作がやっと終了しました。

 
龍鳳は潜水母艦として建造し後に航空母艦に改造された艦でした。それほど大きな船体ではなかったために飛行甲板上に艦橋がない真っ平らなシルエットが特徴でした。太平洋戦争ではほとんどの期間を輸送任務と待機に費やし、1944年のマリアナ沖海戦が唯一の海戦参加になりました。模型はその時の状態としています。

写真を撮って気が付きましたが艦首の菊花紋章を付け忘れていました。これはすぐに付けます。

ピットロードのキットです。

基本はライオンロアの専用エッチングセットを使用
艦首の一段目と二段目の境目の船室の形が曖昧だったので修正
右舷機銃座付近の形状と左舷大型吸気口の形状が共に不良のため修正
飛行甲板と張り出し裏側の構造材を穴開き真ちゅう板などで追加
艦載機の脚や風防枠等は零戦はフライホーク、天山はライオンロアのエッチング
一部の装備品はレインボーモデルのエッチング他各社部品から流用
他から流用できない部品はできる限り修正自作しました
甲板は全て塗装で表現しました
白線や文字のパターンは海戦当時の写真が残っている隼鷹に合わせました

龍鳳は戦争中に飛行甲板を艦首の先端近くまで伸ばしましたが、その工事時期が資料によって「昭和19年春」と「昭和19年7~8月」に割れています。検討した結果19年7~8月の可能性の方が高かったのではないかと判断しマリアナ沖海戦当時を短い甲板としましたが、矛盾する資料も存在するため100%の確証はありません。従って終戦時のような長い甲板だった可能性もあります。


飛行甲板のサイズが比較的小さかったために、赤城のような艦橋構造物はこの艦にはありません。航海の指揮所は飛行甲板の鉄甲板と木甲板の境目付近の真下に、防空指揮所と艦載機の離発着の指揮所は双眼鏡が並んでいる艦首側の飛行甲板の両脇に分散して設置されていました。これはシルエットが似ている祥鳳型や千歳型の空母でも同じ仕様でした。


航空母艦の飛行甲板の白線は同じ艦でも時期によってパターンが違う事があったようです。マリアナ沖海戦の龍鳳は完成当時のパターンをそのまま当てはめている資料もありますが、今回は海戦当時の甲板の写真が残っている第二航空戦隊旗艦の隼鷹のパターンに合わせました。艦尾の文字「りゅ」も隼鷹のマリアナ沖海戦前の写真で「じゅ」と見える事による推測です。マリアナ沖海戦には龍鳳・瑞鳳・千歳・千代田と飛行甲板の上に艦橋が無い良く似た形の空母が4隻参加したので個々に識別の必要があったと判断しました。

航空母艦は戦艦や巡洋艦と違い箱状のシルエットで立体的なメリハリに乏しく、小スケールの模型では特に玩具っぽい感じになりがちです。しかしながらあまり手を入れるとゴチャゴチャになるので表現のさじ加減が難しい艦種です。加えて1/700の空母はシールドがない高射砲の設置位置が実物より高い位置にあって全体のバランスを欠いているキットが多く、このキットも例外ではないため気を付けて作りました。

いつものように改めて写真を撮って今週中頃くらいにヤフーボックスに追加します。
以後しばらくは1/350摩耶の製作を優先します。

Comment

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完成おめでとうございます。
konitan0314と申します。
龍鳳完成おめでとうございます。
立体感に富んだ良い作品です。
飛行甲板の木製部分のむらは、どのように
表現したのでしょうか?興味があります。
マリアナ沖海戦、最後の機動部隊の艦隊行動といえる
作戦ですね。龍鳳がインジェクションキットで発売されたことに
より、この空母機動部隊の再現が可能になりましたね。
konitan0314 | URL | 2013/07/25/Thu 09:45[EDIT]
コメントありがとうございます。
konitan0314さん初めまして。コメントありがとうございます。
甲板塗装は前作赤城の手順と同じで、白で下塗りした上からタンを吹いて下地を作り
タンから色調を少しずつ変えた色を5色作ってキットの木目モールドに沿って面相筆で塗り分け
薄めたダークブラウンでスミ入れして仕上げました。

マリアナ沖海戦の空母機動部隊はキットこそ揃いましたが、
個々には厄介なものもまだあるようです。
次の1/700はその中でも最も面倒な船を考えていますので
今後ともよろしくお願い致します。
roadeast | URL | 2013/07/27/Sat 00:18[EDIT]
飛行甲板の延長時期
龍鳳の飛行甲板延長は、新鋭艦攻「天山」の配備に合わせ、昭和19年1月18日より日立造船因島造船所に入渠し、機銃増備と共に施工しています。
昭和19年1月28日以降、内海で天山艦攻の着発艦訓練に従事した記録があり、マリアナ沖海戦には第653航空隊の天山が配備されています。
おじさん | URL | 2014/05/20/Tue 12:01[EDIT]
コメントありがとうございます。
おじさんさん、初めまして。コメントありがとうございます。
1月の因島の工事については入渠期間が8日と短く舞鶴鎮守府の日誌にも工事命令がありません。調べてみましたが因島延長を直接裏付ける資料が見つかりませんでした。もしご存じでしたら教えてください。

龍鳳の飛行甲板延長をマリアナ沖海戦の後と判断した材料を説明します。

1.舞鶴鎮守府の日誌
航空母艦龍鳳の所轄は舞鶴鎮守府が受け持ちでした。アジア歴史センターというサイトで戦争中の業務日誌が閲覧できます。その中に昭和19年7月14日付で龍鳳に飛行甲板の改造命令が下されたと記されていました。工事は呉で行われたらしくどこをどう改造したのか書かれていませんが、それ以前には龍鳳に対し飛行甲板に関係した工事命令の記載が無く飛行甲板を延長するような大工事であれば必ず記されているはずだから、ここで飛行甲板が延長された可能性がより高いと判断しました。

2.天山艦攻の運用実績
飛行甲板の延長は97式艦攻より重量の重い新型攻撃機を離陸させるためで、マリアナ沖海戦の龍鳳は天山艦攻を離陸させているから飛行甲板も延長されているはずだという資料があります。しかしマリアナ沖海戦では元々の龍鳳の飛行甲板の長さ185.0mより5m短い千歳千代田からも天山艦攻が離陸しています。すなわち1~2機程度であれば延長前の飛行甲板でも離陸は可能なので延長の根拠にはなりにくいと考えました。龍鳳の天山はより重量の重い=離陸滑走距離の長い魚雷攻撃機とする資料もありますが、所属航空隊の行動調書には誘導機と書かれていて、もし魚雷攻撃機ならば龍鳳を含めた第2航空戦隊の第二次攻撃隊には誘導機が1機もいなくなります。

3.航空母艦への改造中に既に延長の要望が出たが退けられた
「日本の航空母艦パーフェクトガイド」の龍鳳の記事から。龍鳳は船体の建造に技術が未熟な電気溶接を多用したために不具合が続出し、潜水母艦として完成した後も船の安定性を増すために船体の両側にバルジという「浮き輪」の区画を増設しました。そういう船だったから飛行甲板の延長によって上部の重量が増し安定性が損なわれる恐れから延長案が却下されたそうです。龍鳳には瑞鳳と違って元々安易に延長できない理由があったのならばマリアナ沖海戦の前までは空母兵力に余裕があったために航洋性を重視し、海戦後に空母兵力の不足から攻撃力を増すために航洋性を犠牲にして延長したとする流れがより自然ではないかと考えました。

記事本文で「矛盾する資料」というのは「日本空母物語」に載っているマリアナ沖海戦後の兵器調査表です。ここでは龍鳳が飛行甲板延長後の図で瑞鳳が延長前で描かれています。瑞鳳の飛行甲板延長時期も調べましたがよくわかりませんでした。
roadeast | URL | 2014/05/21/Wed 19:06[EDIT]
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まとめ