私設工房の作業日誌です。主に船を作っています。

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アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(27)
製作がようやく完了しました。

摩耶は高雄型重巡洋艦の3番艦で、お城を連想させる巨大な艦橋が最大の特徴でした。鳥海と同じく戦争が近づいていたためにほぼ新造時の姿で太平洋戦争に臨みましたが、1943年に爆撃で中破した修理の際に対空兵器の増強をメインとする大改装を行いました。3番砲塔を外して高射砲と機銃台を増設する徹底した工事で、防空巡洋艦に近い姿に特徴がありました。模型は1944年秋のレイテ沖海戦最終状態です。
  
アオシマのリテイク前のキットです。

基本はフライホークの摩耶専用エッチングセットを使用
主砲塔はライオンロアの高雄用レジン部品を使用
主砲砲身の防水カバーはタミヤ最上の部品を型取り複製し使用
機銃は三連装単装共にレインボーモデルのエッチング+銃身のみハセガワの部品
艦載機はタミヤ最上の部品を一部修正の上流用+レインボーモデルのエッチング
連装高射砲と双眼鏡・ウインチ・探照灯はベテランモデルの部品
艦載艇はハセガワとタミヤの艦載艇セットを一部修正の上使用
甲板の手すりはタミヤのハンドレールセット
細かい装備品はレインボーモデルのエッチング他各社部品から流用
他から流用できない部品はできる限り修正しました
甲板の吸気口やハッチ等全て削って作り直しました
船体の外板表現も一旦全て削って作り直し、船底の給排水口も再現しました

鳥海もきつい製作でしたが摩耶は武装が多い分輪を掛けて疲れました。装備品の位置関係に余裕がほとんど無く一ヶ所手を入れたら他もという具合に作業が雪だるま式に膨らみました。2隻で経験値が10年分付いた引き替えに寿命も10年削られた気がします。


摩耶の大改装は戦況がかなり厳しくなってきた時期の工事で、機銃台の平面や支柱の断面形も工作に手間のかかる円形ではなく角形になっています。にもかかわらず事を急くための「やっつけ感」はあまり感じません。元々の優美なスタイルは損ねず全体の精悍さは改装前よりむしろ一段と強くなったように見えます。攻撃撃沈した米潜水艦からは戦艦に見えたそうですが模型からもそれが伺えます。

艦橋前の機銃台の下の区画には兵員の待機所と機銃弾や高射砲弾を艦内の弾薬庫から引き揚げる弾薬供給所がありました。ここの構造も単純な箱形ではなく若干の傾斜が付けられた面の組み合わせでできています。角形の機銃台の支柱も艦橋に接する部分を面ではなく角に向けて接合部がV字型になるように組み合わせてあります。面を向けてЦ字型にするよりも見栄えは確かに良くなりますが、軍艦としての性能に関係しないようなこういう細かい部分でのこだわりに設計者の意地やセンスを感じます。


設計図面では上画像矢印で示した吸気口に登れる梯子が描かれています。図面をよく見るとどうも吸気口の上に道板があり2番砲塔の出入口に登れる仕組みになっていたようです。3番砲塔があった頃はその天蓋から2番砲塔に登れましたが大改装で撤去されたので代わりにこうなったようです。


上画像上側の矢印で示した機銃射撃装置の囲いの内側を白で塗りました。摩耶がそうだったという資料はありませんが、戦争中の愛宕の中央機銃台を撮った写真がそのように見えるのでそれに倣いました(戦争中の愛宕の中央機銃台上の射撃指揮装置はシールドが外されています)。艦橋の防空指揮所の内側を白で塗ったのも同じ理由です。下側の矢印は連装高射砲の演習用の装置です。これは良い部品がなかったのでプラ材などで作りました。高射砲の射界制限枠(上部構造物を誤って撃たないように周囲に設けた柵)は有ったのは間違いありませんが形状がわかる資料がほとんどないので形は全くの空想です。


摩耶の大改装は高雄・愛宕に準じて行われたと資料に書いてあります。作ってみると3番砲塔を除いて摩耶の基本的な構造物の位置関係に大きな変化はなく、摩耶が高雄に合わせたのではなく高雄をカスタマイズして摩耶に合わせたという表現が正しいようです。カタパルト支柱の位置や飛行甲板の平面形状が高雄の完全コピーでないのはそのためですが、こういう事は図面や写真を見るだけではなかなかわかりません。

資料には摩耶の艦載機の機番号が243-(枝番)と書かれていますが、レイテ沖海戦当時の摩耶は第二艦隊第四戦隊の四番艦と推測できるため244-(枝番)としました。明確に示した文献はありませんが海戦の直前に出撃地のブルネイ湾に移動した時の第四戦隊の陣形が先頭から愛宕・高雄・鳥海・摩耶の順であることと、撃沈された時の陣形が愛宕・高雄・鳥海の順で摩耶は第五戦隊の妙高・羽黒の後ろに付いていた点からの推測です。また機数は前にも書きましたが海戦時の高雄や妙高が2機積んでいた事から2機積みました。

改めて写真に撮って数日内にヤフーボックスに追加します。今のところ春夏の新製品で特に興味を引くものはないので、以後は予定通り1/350の航空母艦と合間に中断したままの1/700瑞鳳を進めます。摩耶の製作が長引いたので5月の連休明け頃から始める予定です。
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アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(26)
今週の進捗状況です。


船体中央部にマストを建てて後部マストの増設機銃座を付けました。写真には写っていませんが、艦尾側の甲板装備品と手すりを付けました。船体の作業はほぼ終わりました。

来週は吃水線より上の船体に墨入れと汚しを行い主砲と機銃と探照灯を設置して張り線を張って仕上げます。来週中には作業が終わる見通しです。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(25)
今週の進捗状況です。



航空機作業甲板と艦載艇を船体に取り付けました。以前にも書きましたがキットの元々の運搬レールの彫刻は愛宕・高雄のコピーで摩耶は後部マストがこの上に無いのでレールが艦尾側一杯まで伸びています。3番砲塔横の通風筒と天窓は直下の兵員便所用のものです。墨入れは極く浅めに留めました。


写真ではわかりにくいのですが、艦載艇がある甲板上には航空機の予備部品を格納するスペースがあります(①②)。フライホークの専用エッチングは①の部品だけがあり一部加工の上で自作の②と共に取り付けましたが、設計図面には(仮設)と注釈が入っているので単に寄せ集めてキャンバスで覆っただけの簡易な構造だったかもしれません。

  
艦首甲板に手すりを貼って装備品を取り付けました。手すりはタミヤのハンドレールセットA、丸形の吸気口はフライホークの金属部品+自作部品、ウインチとパラベーンはベテランモデルの部品をそれぞれ使用しました。配置は設計図面に従いました。

今週は中央部と後部甲板に手すりと装備品を付けてマストを立てます。恐らく今月の中頃には完成の見込みです。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(24)
今週の進捗状況です。


後部マスト周辺の増設機銃台に関して、平面形状は設計図面と照らし合わせてみるとキットの部品(上画像中央)でほぼ合っています。フライホークの専用エッチングにも部品があります(同右)が、若干大きい上に形状も一部異なるので使えません。キットの部品も高さが1mm程度足りないのでプラ材で作り替えました(同左)。機銃座の取り付けは先に付けると後部マストが付けられなくなるので後回しにしました。


艦橋や前の機銃台の取り付けと組み上げに予想以上に手間と時間が掛かり、今週は艦橋を形にしたところまででした。装備品は組立の関係で一部付けていないものもあります。

  
艦橋の各甲板です。左から羅針艦橋、発射指揮所、測的所で、それぞれ上の甲板や天蓋を付けると内側がほとんど見えなくなりますが一応設計図面に従って作りました。双眼鏡や信号燈・コンパス等はベテランモデル、その他はハセガワの部品やエッチングの流用で作りました。羅針艦橋の中に見えている箱状のものは海図台や日誌台等です。

来週は後部の飛行甲板を取り付け甲板上の装備品や手すりを順次付けます。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(23)
今週の進捗状況です。


後部煙突と中央機銃台及び後部艦橋を取り付けて後部マストを製作しました。

 
後部艦橋の周辺は戦前に大改装を行った高雄・愛宕では全面的に変わりましたが、摩耶は戦時中の改装という事もあってか基本的な配置はそこまで大きく変わっていません。画像の中央に見えている大型のウインチ①はデリック用のものです。

資料ではデリック用ウインチの周辺が船室で覆われているという解釈がほとんどで、このキットもそれに従っています。確かに設計図面でそのように読めなくもありませんが、②の天窓の周辺を覆ってしまったら明かり取りの意味がないため、オープン構造と判断しました。

探照灯支柱の内側に垂直梯子とコンパスが付いた踊り場③があります。これも設計図面の通りで完成後はほとんど見えなくなりますが一応作りました。④は機銃弾を艦内から上の供給所に運搬する揚弾筒という一種の運搬エレベーターです。


後部艦橋の天蓋は機器の新型化や機銃台の装備などで改装前より簡素になりました。後部マストの直前(画像左側)にある箱状の構造物は機銃弾の供給所です。


後部マストは真鍮線のハンダ付けで基本形を作った後で表現を加えました。フライホークのエッチングはマスト内側の三段の踊り場に手すりが付いていましたが、改装前の写真にも設計図面にも描かれていないので外しました。デリックのブームも作りましたが塗装の関係でまだ取り付けていません。他にも塗装との兼ね合いで付けていない部品があります。

来週はマスト周辺の機銃台を取り付けて艦橋や航空機作業甲板等を取り付けます。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(22)
今週の進捗状況です。

 
第一煙突と背後の自然吸気筒を取り付けました。

来週は第二煙突と後部艦橋・中央機銃台を取り付けて後部マストを製作します。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(21)
今週の進捗状況です。


既に塗装した部分をマスキングして船体に軍艦色を塗りました。喫水線はキットの指定位置がどうも実物より低いようなので3mm程度上に上げて塗りました。

 
船体にスミ入れして船底の穴に黒を流しました。汚しはもう少し全体の形ができてから行います。

船体に舷外消磁電路は付けていません。装備の有無が資料によって割れていて、側面全体を示した設計図面がどうも残っていないようなので図面からは判断できず大改装後の写真も有無がよくわかりません。海軍艦艇史という写真集に昭和18年末に爆撃で中破した写真が載っていますが、船体に電路が見当たらず外した跡もありません。この時点で元々船体外側に電路が無かったならその後に付ける理由もないと判断して付けない事にしました。


リノリウムの押さえ板を貼っている途中です。来週は押さえ板を全て貼った後で船体中央部から構造物の塗装と組立に入ります。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(20)
今週の進捗状況です。

 
魚雷発射管室の上にシェルター甲板を取り付け、高射砲の台座など付けて下地塗装を行いました。


船体の下地塗装が全て済んだので艦底色とリノリウムという茶色の甲板敷物の部分を塗装しました。

来週は船体に軍艦色を塗り、艦底にスミ入れして甲板にリノリウム押さえを加える予定です。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(19)
今週の進捗状況です。


 甲板にサフェーサー(下地塗料)を吹いて表面の仕上がり具合を確認し、魚雷発射管室の内部を塗装して発射管や予備魚雷などを付けました。発射管室の内部は完成後に外からほとんど見えなくなるので特に細かく作ってはいません。床にレール状の彫刻がありますが、これは魚雷の運搬軌条で本来は床ではなく天井にあるものです。どうもメーカーが図面を見間違えて床に付けたもののようですが外から見えなくなるので特に削りませんでした。


 船体の甲板の表側にナットが付いています。これは工作台に逆さに固定するためのもので、片方がネジでもう片方がナットの木の棒を2本作って船体のナットにねじ込み逆さにして工作台にネジで止めます。前作赤城までは両面テープなどを使っていましたがちょっとした衝撃で外れてしまうことがあったので、今回からきっちり止められるようにしました。これで艦底の塗装やスミ入れも楽にできます。甲板上のナットは完成後は隠れて見えなくなります。

来週は発射管室の上のシェルター甲板の作業が若干残っているので接着して作業を済ませたあとに艦底や甲板の塗装を行う予定です、

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(18)
今週の進捗状況です。


大まかな形だけ作って後回しにしていた航空機甲板に細かい表現を加えました。

摩耶の飛行甲板の表面はリノリウム張りという説もありますが、愛宕や同時期に改装された最上の飛行甲板が一部滑り止め付きの鉄甲板である事から摩耶も鉄甲板と判断しました。滑り止めの範囲については写真資料が全く無い事から最上と似た運搬軌条の内側のみ滑り止め有りと表現しました。画像左側(艦尾側)に大型の通風口と天窓がありますが、この直下の兵員便所用のものです。


上が元のキットの飛行甲板、下が改修後です。キットの元々の航空機運搬レールの彫刻はほぼ高雄のコピーで実際はもっと左側(艦尾側)に寄っています。設計図面が一部残っているので間違えようがない部分ですが、アオシマが最近出した再考証版でも専用エッチングも含めて替わっていません。カタパルト支柱の左側の台形の張り出しはカタパルトとの関係で後で付けます。


上が高雄、下が改修後の摩耶の飛行甲板です。比較すると前後の中心線での長さはほぼ同じですが甲板全体の長さは摩耶がわずかに長くなっています。カタパルト支柱の位置も摩耶がやや後方で台座も一回り小さいものです。高雄には甲板上に前部機械室の排気筒がありました(画像赤矢印)が、摩耶は下の船室の側面に排出位置が変更されているため甲板上には有りません。


飛行機甲板は側面の支柱と裏側にも表現を加えました。

 
摩耶の設計図面の甲板平面図には右舷と左舷各3ヶ所の縁に“舷外海水吸入管”と示されている部分があります。船体の外側に降りているように見えますが、設計図面は船の側面全体を示した図面がどうも残っていないようなのでこれがどんな形なのか図面からは直接わかりません。写真もシルエット状のものがあるだけで船体の状態はよくわかりません。

以前最上を作ったとき船体の側面に管とカバーを付けました(右画像白矢印)。これは最上の船全体を示した設計図面に”移動ポンプ海水吸入管”と描かれていたもので、どうもここに移動用の消火ポンプを接続してすぐに放水できるような仕組みになっていたようです。航空巡洋艦に改造後の船体の状態がわかる写真が残っていないようなので真偽はわかりませんが、最上は爆撃で二度も損害を受けた艦なので防火対策が他艦より徹底していた可能性があると考えて図面の通りに付けたものです。

それで摩耶も同じように爆撃で損害を受けた艦なので、消火用の管が外側に有ってもおかしくないと考えて左画像のような表現を加えました。カバーは目立ち過ぎるので最上より小さくしてあります。

来週は天候次第ですが船体の塗装に入る予定です。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(17)
今週の進捗状況です。

  
艦橋前の機銃台を作りました。機銃台はフライホークの専用エッチングの部品です。塗装の関係で艦橋と機銃台はまだ接着していません。艦橋周りの作業はこれで一段落できました。塗装後に望遠鏡等光学機器と信号燈手旗信号台等を付けて仕上げます。


機銃台の側面の所々に何かを丸めたような装備品があります。これは大改装後の艦橋付近を撮った写真に写っているもので設計図面を見るとこれらの装備品の場所が機銃の薬莢排出口の位置に一致します。

機銃も銃の一種なので弾丸を発射する度に薬莢が排出されます。撃ち続けると空薬莢が機銃の周辺に溜まって操作の邪魔になるので随時機銃台の外に出します。艦上に散らばった空薬莢はアメリカの軍艦では戦闘終了後に海に捨てていましたが、資源に乏しい日本は回収して再利用していたようです。以前製作した空母龍鳳には機銃台の下にそれを回収するための区画がありました。

それで摩耶のこの装備品は空薬莢の回収袋が丸めて取り付けられたものではないかと考えました。余りのエッチングとプラ棒からそれらしく作った部品を各機銃台の排出口の位置に取り付けました。船体中央部の機銃台にも同じものを取り付けます。

作業は航空機甲板に移っています。来週はそのまとめと船体の細々とした作業が中心です。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(16)
今週の進捗状況です。

 
まだ若干作業が残っていますが、艦橋の細かい表現の追加と各所に載せる装備品の選別調整を行いました。エッチングはフライホークの専用品が主ですが、手摺りは鳥海で使用しなかったホワイトエンサインの鳥海摩耶用を使いました。鳥海では艦橋まで全てタミヤのハンドレールセットを使いましたが今回は船体周辺に留めるつもりです。フライホークのセットにも手摺りが付いていますが線が太くてバランスが合わない感じを受けたので一部を除いて使いませんでした。

設計図面と照合して艦橋前の機銃台の支柱が長過ぎるようなので短く作り直しました。

写真には写っていませんが、艦橋の各部に配置する装備品は鳥海と同じくベテランモデルとハセガワの部品を使用します。

来週の作業予定は艦橋の残りと艦橋前の機銃台を作って船体に戻ります。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(15)
今週の進捗状況です。

 
前部マストの製作に手間取り煙突回りを片付けた所までで、マストは真鍮線とフライホークの専用エッチングの組み合わせで作りました。マストの中段にある部屋は電探室で、設計図面や写真などを見るとキットの部品より大型化していたようなのでプラ材で作り直しました。13号や21号電探も作りましたが繊細に過ぎる部品なので最後に取り付けます。後部マストは調整の関係で後部艦橋を船体に固定した後で作ります。

煙突周辺には配管がありますが、塗装の邪魔になるので取り付け位置だけを調整して塗装後に接着します。

来週は艦橋に細かい表現を加えます。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(14)
今週の進捗状況です。


艦橋の大体の形を作りました。


前回の記事の最後に述べた増設機銃座の上の見張り台の構造ですが、設計図面上では左の画像の赤矢印のように左右両側に同じものが描かれています。しかしながらこの近辺は部分的に実艦の写真が残っていて、それに近い角度で模型を撮影すると中央の写真の赤矢印で示したように見張り台が写るはずです。ところが実際の写真では右の写真で示すように左右両方共に全く写ってなく奥の見張り装置が根元まで見えています。見張り台のついたてが手すりの可能性や形状などいろいろ考えてみましたが、見張り台そのものが左右共に存在しなかったと判断して取り除きました。


キットの防空指揮所①は極端な上げ底で人が立つと転げ落ちてしまいそうだったので、一旦底の部分を削り落としプラ板で屋根の構造を作り直しました。後方の発射指揮所の壁②がキットは欠けていたのでプラ板で継ぎ足しました。


主砲指揮所の両脇に付く22号電探用の張り出しがキットに無いので付け加えました。設計図面には取り付け位置だけが示されていますが、写真やより詳しい構造図が残っていないのでどういう支持構造だったかは想像するしかありません。


艦橋のてっぺんにも見張り台があります。鳥海を作ったときはキットの表現のままとしましたがここも上げ底の感じで人が立つと転がり落ちてしまいそうです。この部分の詳しい構造は判らなかったので、見張り台の床を屋根の天蓋の位置ではなく、一旦削った上でプラ板を貼り屋根の底の位置を床としてメリハリを付けさせました。また通風筒②が省略されていたのでプラ材などで加えました。天蓋の滑り止めと手すりはフライホークの専用エッチングの部品です。

来週は前マストを製作し1番煙突の残りと艦橋の細かい表現を加えます。

アオシマ1/350「摩耶」(1944)の製作(13)
今週の進捗状況です。

  
第一煙突の背後に林立する缶室への自然吸気筒を作りました。キットは上に伸びている2本以外全て省略されています。中央の写真に示したようにこの吸気筒が立っている関係で機銃台の中央部分が一段高い構造になっています。機銃台を付けると右側の写真のようにあまり見えなくなってしまいますが設計図面に従って作りました。第一煙突はまだ全ての部品を付けていません。艦橋下部と前部マストを作った後で残りの作業を行います。

 
第二煙突を作りました。キットのハンドレールの彫刻を削って真鍮線に替え、てっぺんの穴を開けて整流板を入れました。てっぺんの覆いはフライホークのエッチングセットの部品が寸法が合わなかったので真鍮材と真鍮線で作り直しました。

 
製作は艦橋下部に入っています。左側の画像で中央手前に張り出している高射砲指揮装置の台座の位置がややずれているので修正しました。その左側の構造も大改装前の仕様が混ざっているので削ったり足したりしました。前方の増設機銃座はフライホークのエッチングです。

増設機銃座の上の見張り台の構造はキットは左右共に同じ(右画像向かって右側の構造)で設計図面でもそう描かれていますが、部分的に残っている写真を見るとどうも片側の構造が違うようです。ちょっとこの画像では説明し辛いので艦橋が全てできた後に改めて書きます。
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まとめ
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