私設工房の作業日誌です。主に船を作っています。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(9)
 製作終了の写真です。写真を確認したら幾つか付けていない部品があったので、この後に付けています。

   
 重巡最上は元々前後に合計5基の砲塔がありましたが、ミッドウエー海戦で大破した際に爆撃を受けた後部砲塔を撤去して航空機の作業甲板を後部に延長し、最大11機の偵察機を搭載できる航空巡洋艦に改造されました。1944年10月のレイテ沖海戦に西村艦隊の一艦として参加し、敵艦隊の集中攻撃を受けて大破、撤退中に行動不能に陥りミンダナオ海に姿を消しました。模型はその最終状態としています。


 最終状態としましたが、概略の武装配置図がある程度で、詳細がわかる写真や図面はないようです。細部は同時期の他の軍艦から推測して作りました。部品の多くはキットのものですが、三連装機銃は台座だけライオンロア社製のエッチングを用い、その上にキットの銃身部品を付けて作りました。単装機銃はハセガワの武装セット、探照灯はベテランモデル社製のものです。最上専用のエッチングセットがまだ発売されていないため、ライオンロア社製の重巡高雄用セットや汎用エッチングの中から、主砲高角砲の金属砲身やエッチングを幾つか流用しました。

 
 最上の次は航空母艦を作る予定で、その準備も兼ねて偵察機の風防を透明化しました。3機は風防を空けた状態にしました。この写真では良く見えませんが、コックピットの中をくり抜いて座席を付けました。

 最終状態で積んでいた偵察機の数については、資料によって違いがあってはっきりわかりません。5機または4機という説もありますが、沈没後に作成された公式の戦闘報告書に合計6機と書かれているため、それに従いました。垂直尾翼の機番は最上所属を示す380-からの連番としていますが、他の軍艦から何機か借りた可能性もあり、偵察機に関しては不確定な部分があります。艦載機の運搬レールはライオンロア社製のエッチングを用いました。



 ケースに入れ改めて写真を撮ってヤフーフォトに追加します。
 次は航空母艦を作ります。既にキットも関連パーツも調達済で、今月下旬から製作を始めます。
 

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(8)
 5月から7月までの途中経過です。カメラの日時設定が誤っていたために正確な日時は記せませんが、だいたい3週間ぐらいの間隔で写しているはずです。


 上甲板と飛行甲板の裏側を塗装した状態です。

 飛行甲板の下の後甲板はキットでは鉄甲板の表現になっていますが、重巡時代の甲板敷物が残っていると解釈して作りました。根拠はありませんが、レイテ沖海戦後の公式の戦闘報告書に、火災を誘発したため敷物は取り外すのが望ましいと書かれているため、最後まで広範囲に残っていたのではないかと考えました。

 またこの部分には艦載機の予備部品が置かれていたため、模型でも再現してみましたが、飛行甲板を貼ったら敷物共々ほとんど見えなくなってしまいました。


 飛行甲板を貼った時点での状態です。


 煙突はトップの格子を極細の金属線で作り替えました。また、ジャッキステイ(作業用足場)も同じく作り替えています。

 
 艦橋は内部まで作っています。この上に天蓋を付けて前回7/26の状態になりました。

 製作は完成に至りました。写真は一両日中に載せます。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(7)
 前回更新の5月以来、体を悪くして1ヶ月近く製作を中断していました。直ってから再開しましたが、区切りがつかずに更新が滞っていました。

 
 艦本体の製作はほぼ終わっています。製作の都合で主砲と高角砲がまだ付いていませんが、製作塗装は済んでいます。今は艦載機を作っています。工程の残りは張り線とボートと舷梯とスクリューの取り付けで、遅くとも来月早々には組み上がるでしょう。

 4月以降の途中経過につきましては、追って写真を上げます。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(6)
 最上の現況です。

 
 飛行甲板の裏側の梁の作り替えが終わりました。面積が広く手間が掛かりましたが、考えている通りにできました。

  
 船体に付けると裏側はこのように見えます。


 艦尾甲板は航空機の予備の翼を収める棚や予備のフロートが置かれていたようです。棚は部品にないので作りました。翼はプラ板です。資料からは今一つはっきりしませんが、棚を置ける場所は写真の付近しかないようです。フロートはアオシマの高雄型重巡の部品です。

 この付近をもう少し詰めてから、船体の塗装に掛かります。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(5)
 また1週間過ぎましたので、現状を報告します。


 キットの設定状態である1943年と44年最終時の最も大きな違いは、機銃の増設に伴って飛行甲板の形状が一部異なることですが、ラフスケッチが伝えられているだけで正確な仕様がわかりません。行動記録ではこの改装はマリアナ沖海戦以降の1週間足らずで行われたと考えられることから、元の甲板の先端を拡幅した形状と考えました。拡幅のサイズは他の機銃座のサイズに合わせた大きさと考えました。他に飛行甲板表面の航空機運搬レールをエッチングと取り替えるために全て削りました。


 次に、甲板の拡幅がかなりの大きさになるため、機銃の設置位置から艦尾に向かって支柱があるのが妥当と考えました。艦尾面積が少ないため、大戦末期の空母のように角形のサポートを舷外に張り出してそこに支柱を付ける様式と考えました。前回触れた飛行甲板の他の支柱もプラ棒で作り替えて艦尾上甲板を貫通させる仕様にしました。


 裏側の補強ガーターの彫刻を全て削り取り、改めて支柱を中心にプラ板で作り替えることにしました。全体の1/3まで付けたところです。これらの詳しい資料もないため、いろいろな艦の実例からアレンジして作りました。支柱のうち3本は同径の真鍮パイプとし、中に1.0mm径の極細ビスを通して艦尾上甲板に固定します。


 艦尾下側はこのような感じです。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(4)
 最上の現状を報告します。前回まで組立にそれほど時間はかからないだろうと書いてきましたが、ここに来て少々厄介な問題が出てきました。


 まず、船体の底と上を貼って合わせ目をパテ埋め整形しました。タミヤのこのキットはウォーターライン仕様も選べるように水線部で分割されていますが、フルハルで作る側にとっては船体の一番目立つ部分に合わせ目が来る上に、合わせ目の際まで外板モールドがあるので整形が面倒でした。


 後部上甲板には飛行甲板をネジ留めする穴が3ヶ所あります(赤矢印)。青矢印は上の飛行甲板から降りてくる階段です。


 飛行甲板は支柱の3ヶ所が金属パイプになっていて、その中にネジを通して固定する仕組みです。しかしながら、このパイプが太くて他とバランスが合いません。加えて他の支柱も下の後部上甲板を貫通していないため、甲板付近で微妙にズレます。これもあまり格好のいいものではありません。


 そこで、キットの支柱は一旦全て削り落として新たにプラ棒で作り替え、下の甲板を貫通させることにしました。そのため、後部上甲板の支柱が当たる位置にドリルで穴を開けました。固定用のパイプとネジも他の支柱と同じサイズにします。階段やその他の彫刻も一旦全て削り落としました。キットの甲板の表面は鉄甲板の滑り止めになっていますが、私はリノリウム貼りとして仕上げます。理由は塗装の時に改めて述べます。


 飛行甲板の裏側の彫刻もどうも変です。支柱と補強用のガーターが全く無関係に並んでいます。これでは強度が保てませんし、見た目も全く美しくありません。ちょっと厄介なことになってきました。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(3)
 また1週間以上過ぎましたので、経過報告します。

 
 現状はちょうど艦橋の作業が一通り済んだところです。ここは基本形はいじってませんが、手すりが予想外に複雑だったことと、細かい表現で意外に手を加えるところがありました。ドアや窓の追加、天井のサポートや梁の追加、通風口にメッシュ、信号台やアンテナの作り直しほか多すぎて書ききれません。画像で灰色のプラの色をしてない部分は全て手を加えたところです。


 艦橋の正面です。なかなかいい面構えです。ピーンときます。君のような人材を…もとい、基本形でこれだけパシッと決まるのは、キットの基本設計が優れている証拠です。向かって左下側の高角見張り所とてっぺんの方位盤は窓を開けて中に観測器を仕込みました。

  
 下側はこんな感じです。仰ぎ見て威容を感じられるのが1/350の1/700にはないところで、そこには気をつけて作っています。煙突は塗装の関係で全ての作業はまだ終わっていません。外側の配管も接着していません。


 巡洋艦ですが、この角度から見ると長門型戦艦の艦橋に雰囲気が少し似ています。


 艦橋の部品を分解するとこれだけになります。これで中央部の主要部品の修正が一段落付きましたので、次は再び船体の作業に戻ります。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(2)
 前回の更新から10日以上過ぎました。作業は進んでいますが、各セクションが同時多発的に進行しているためなかなか区切りがつきません。しかし時間も空きましたので、現時点で終わっている部分を示します。


 中央の機銃台の上に兵員待避所があります。ハッチと階段がモールドされていますが、これでは小さすぎて入れません。


 この部分は上側面図からではよくわからず、また明瞭な写真もないので、機銃台の下まで部屋を延長させ、機銃台からではなく後ろの吸気口の上と下で出入りする構造と考えてみました。


 最終的にはこのような構造になります。円形状の台は探照灯を載せる台です。キットは機銃台の周囲にブルワーク(ついたて)が付いていますが、図面上も写真からも手すりである事が明白なので、削ってエッチングの手すりを貼りました。


 機銃台の裏側はこう処理しました。フジミの金剛の時は汎用の穴あきエッチングパーツを使いましたが、穴が綺麗な反面、微調整が難しく取り付けに大変時間がかかったため、今回はプラ板にドリルで穴を開けたものを貼り込みました。


 後部艦橋も図面上はフィギュアの立っている位置にドアがあります。しかし、これも狭すぎて出入りできません。


 そこで通路の位置を1.5mmほど下げてみました。かなり難儀な作業でしたが、これでバランスが良くなりました。他にも通風口をくり抜いてエッチングのメッシュを貼ったり、ドアをエッチングと取り替えたり、ハシゴをつけたりいろいろ手を入れました。搭状に立っている見張方向盤もシャッターを開けて中に双眼鏡を仕込みました。機銃台の囲みも手すりに変えました。


 裏側はこのように処理しました。詳しい資料はありませんが、いろいろな艦の実例からアレンジして加えました。

 タミヤの最新キットなのでそれほど苦労しないだろうと思っていました。確かに組むのは楽でフジミの金剛のように部品のすり合わせ等は必要ありませんが、そこは1/350ですることが沢山あり1/700が如き数週間upとはいきません。他の部分も順調に進んでいますので、一段落付いたものから随時示します。

タミヤ1/350重巡洋艦「最上」(1943→1944.10)の製作(1)
 予告通りタミヤの最上を作ります。今までどちらかといえば作りにくいキットが多かったのですが、さすがはタミヤというところで、表現も良く組み立てやすいキットのようです。キットの状態は航空巡洋艦に改造された1943年頃のようですが、1944年10月の最終状態として作ります。

 船体の底に機関部の海水取入口のモールドがあります。メリハリを付けるために一旦穴を貫通させて裏側をふさぎました。


 船底には展示台に固定するためのビスの穴空け位置とナットの固定部品が最初から付いています。とてもありがたい配慮です。今回は展示台をアクリルケースに固定させるため、キットの2.6mmよりやや大きい3.0mmのナットを付けました。


 最終状態では舷側の窓の数が大幅に減らされています。図面などを元に残った窓を0.8mmドリルでさらい、埋められた窓はひさしのモールドを削りました。ここは更に円形の板でふさぎますが、注文しているエッチングの部品がまだ届いていないので後回しにします。


 甲板のモールドも細かく付いていますが、製作上の都合で一旦削り落としました。


 中央部も同じく大半のモールドを一旦削りました。画像は主要部品を仮置きして位置関係を確認しているところです。上に乗っている部品はたった4つですが、ご覧の通りの再現度です。甲板回りには幾つか省略されている部品があるのでまとめて作っておきます。
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まとめ