私設工房の作業日誌です。主に船を作っています。

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アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「五十鈴」(1944.10)の製作(5)
 製作はようやく終了しました。

  
 五十鈴は5,500トン型と呼ばれた日本海軍の代表的な軽巡洋艦の一隻でした。このタイプの軽巡は設計に余裕があったために、何隻か特殊な用途に改造された艦がありました。五十鈴は太平洋戦争中に主砲と航空機を全て取り外して高角砲と機銃を増設した防空巡洋艦に改造されました。模型は1944年10月のレイテ沖海戦当時の状態です。五十鈴はこの海戦の後、1945年4月に潜水艦の雷撃で一生を終えました。

 模型はアオシマ社製長良の組み立てキットからの改造です。五十鈴も船体と煙突以外のほとんどの部品が新造になるため、今後1/350で出てくる可能性はそれほど高くないのではないかと思われます。以前タミヤ1/700で一度製作しましたが、その後更に詳細な資料が入手できたため不明点の大半が判明し製作に盛り込めました。よって前回製作のタミヤ1/700キットとは少なからず相違があります。ただし、改造工事完了直後に撮影された写真やレイテ沖海戦当時の記録写真と相い違う所もあるため、取捨選択した部分もあります。

 
 資料には単装機銃の搭載数が5基となっておりますが、他の巡洋艦が20基前後の搭載に対して数が非常に少なく、また戦闘詳報に単装22番機銃の記載があるため、阿武隈の最終状態と同じく24基を装備しました。カッターや発動機艇の一部を減らし空所に機銃を付けています。


 後部マストのデリックは改造工事完了直後に撮影された写真には写っていますが、レイテ沖海戦当時には無い旨の資料もあり、記録写真もデリックの操作ロープが無いように見えます。無いなら揚げ降ろしができないため下の小発動機艇も降ろしていたと考えられますが、模型でデリックと発動機艇を外してしまうと周辺の「間が持たない」ため、あえて付けました。後部マストに13号電探を示した資料がありますが、海戦後に装備された事が記録写真と戦時日誌から明白なので付けていません。


 1/350で阿武隈・五十鈴と長良からの派生タイプを二隻作りました。基本の形は同じですが、艦橋や搭載兵器の違いによってがらりと印象が変わり興味深いものです。いずれまた他のバリエーションも作ってみたいものです。

 今後は1/350で製作中断中の赤城がありますが、そこに戻る前に小艦艇を一つ作ります。しばらくは1/700の駆逐艦を何隻か作ってみることにします。
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アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「五十鈴」(1944.10)の製作(4)
 前回の更新から一ヶ月経ちましたので現状を報告します。

 
 形はかなり出来ましたが、まだ完成には至っていません。主な残工程は艦載艇(2隻の予定)と製作の都合で後回しにした後部マストの上部と船体周囲の手すりと張り線です。搭載兵器(高角砲・機銃)の製作は既に終わりました。

 今後都合で1週間ほど家を空けるため10月中頃の完成を見込んでいます。

アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「五十鈴」(1944.10)の製作(3)
 前回の更新からまた一ヶ月経ちましたので現状を報告します。

  
  艦橋の取りまとめに手間取り、作り替える主な部品の製作がようやく終わりました。後部マストは後部甲板を塗装して船室を付けた後に作る予定です。

  
艦橋は組立の関係で先に塗装を済ませました。長良型からかなり違うように見えますが、天井の形を変えて防空指揮所にし、マストのトップを下げて後方に倒しただけで、基本的な構造は変わっていません。

 
 高角砲の台座の形は三種三様でどうしてこのような仕様なのか良く判りませんが、どうにか形にできました。

 残った後部マストや艦載艇などを作り、塗装しながら仕上げます。あと1ヶ月程度は掛かるでしょう。

アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「五十鈴」(1944.10)の製作(2)
 前回更新からもう一ヶ月近いので、現状を報告します。

 
 船体の外板表現に思った以上に手間取り時間が掛かってしまいました。艦橋は長良の部品とかなり形が違うのでプラ板で全て作り直すことにして、基本的な形がちょうど出来ました。ここから細かい表現を加えます。

アオシマ1/700軽巡洋艦「大淀」(1944)の製作(2)
 製作がようやく完了しました。前回の記事でそれほど時間はかからないかもと書きましたが、結局のところ月末までかかりました。

  
 大淀は元々潜水艦隊の旗艦として作られた巡洋艦でした。後部に多数の水上偵察機を搭載できる格納庫を設け、魚雷発射管は全く搭載していませんでした。しかしながら大戦中に完成した時には既に潜水艦を束ねて指揮できるような状況ではなくなり、また大淀用に配備される予定だった高速水上偵察機の開発にも失敗したため、格納庫に司令部施設を設けて連合艦隊旗艦に改造されました。模型は1944年10月のレイテ沖海戦当時の状態としています。

 アオシマのキットはやや組みにくい所もありましたが、立派な感じに仕上がりました。今後は1/350五十鈴の製作を進めます。

アオシマ1/700軽巡洋艦「大淀」(1944)の製作(1)
 アオシマの大淀は主要部品の修正がほぼ終わりました。


 国産のジョーワールド社の大淀専用エッチングを主に使用しています。同社の製品は相対的に中国製品よりも高価ですが、非常に扱いやすく説明書も親切過ぎる製品です。キットは艦尾の機銃台やカタバルトの高さがやや高いようなので削って低くしました。また各甲板もぶ厚いので裏側を削って薄くしました。


 キットの主砲塔は表現が今ひとつなのでピットロードの武装セットの部品を用いました。上部構造が戦艦や重巡洋艦ほど複雑ではないので、完成までそれほど時間は掛からないかもしれません。こちらの製作を先に進めます。

アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「五十鈴」(1944.10)の製作(1)
 戦争末期に高角砲や機銃を増設して防空巡洋艦に改造された五十鈴は、以前1/700で一度作りましたが、その時は資料があまり無く、細部の多くは推定で作らざるを得ませんでした。最近になって詳細な図面資料が手に入ったので、今度は1/350長良の改造で作ってみます。

 
 船体の製作から始めます。阿武隈への改造でも行いましたが、魚雷発射管の開口部が装甲板のようにぶ厚いので裏側を削って薄くしました。


 艦首の下側が太くて速度が出るように見えないため、表と裏から削ってシャープにしました。


 前部の魚雷発射管のくぼみを埋め、後部の船室も長良と形が違うため今回はプラ板でそっくり作り替え、船体の基本形までできました。次は艦橋や煙突など製作を始めます。

アオシマ1/700軽巡洋艦「香椎」(1944)の製作(3)
ようやく完成しました。これも詰めに予想外に時間がかかりました。


香椎は香取型と呼ばれた軽巡洋艦の一隻で、元々は海軍士官を養成する練習艦でしたが、太平洋戦争の開戦に伴い南方方面艦隊の旗艦として活動しました。その後戦争の激化に伴い輸送船団に対する敵の潜水艦や航空機の攻撃が激しくなったため、1944年2月に対空・対潜兵装を大幅に強化して輸送船の護衛任務に就きました。模型はこの時の状態です。

香椎は小さな船体に強力な対空兵装と艦尾に対潜兵装を満載した、独特なスタイルを持った艦です。しかしながら、図面や写真が多い割に組立キットは今のところアオシマの古い1/700しかありません。実物は決して格好の悪い艦ではないのですが、アオシマのキットはその特徴があまり反映されていない上に船体のバランスもおかしく、そのまま組み上げても今三つパッとしません。そのため、船体は前半部を詰め後半部を伸ばし甲板の平面形も修正、上部構造物や装備品の大半は作り直すか他から流用しました。甲板は本物の木を用いています。

日本海軍の艦艇は後部マストの一部を黒く塗るように規定されていましたが、香椎は大戦中の写真がいずれも軍艦色のままだったように見えるため、マストに黒塗装は施しておりません。

1944年頃には航空機は搭載されていなかったようですが、カタパルト(航空機の発進装置)は最後まで残っていたようです。模型は見栄えも考慮して、当時巡洋艦に標準搭載されていた零式三座水偵を載せてあります。

写真を撮ってYahooフォトに追加します。1/350赤城は前回の記事からほとんど進んでいないので、しばらくはこちらを進めます。

アオシマ1/700軽巡洋艦「香椎」(1944)の製作(2)

 700香椎の現況は甲板を作ったところまでできました。これは製作を急ぎます。

アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「阿武隈」(1941)の製作(2)
 製作はようやく終了しました。詰めに意外に時間がかかってしまいました。

  
 阿武隈は大正年間に建造された5,500トン型軽巡洋艦の一隻で、3本の直立煙突と各部に配置された14cm単装砲に特徴がありました。太平洋戦争開戦当時は第一水雷戦隊の旗艦としてハワイ攻撃の南雲機動部隊の護衛に就きました。模型はその開戦当時の状態としています。開戦当時は既に老朽化が目立ち、他の同型艦は次第に水雷戦隊の旗艦任務から退いてゆきましたが、インド洋作戦や昭和18年のキスカ島撤退作戦を経て昭和19年10月のレイテ沖海戦で戦没するまで、最後まで旗艦として活動しました。


 模型はアオシマ社製長良の組み立てキットからの改造です。阿武隈は他の同型艦とは艦首や船体の一部の形状が異なるため、今後1/350でキットが出てくる可能性はそれほど高くはないのではないかと思われます。資料的には図面の一部が公開されている上に開戦前後に比較的鮮明な写真が多く残されていますが、細部には不明点も多く、写真から読み取れる部分を優先し図面から推測できる部分を加え、足りない部分は他の同型艦に合わせました。従って、タミヤ社製1/700のキットとは少なからず違いがあります。

 また、多くの資料には艦橋前部に13mm4連装機銃装備と書かれており、タミヤ1/700のキットでもそうなっていますが、真珠湾攻撃当時に撮影された艦橋の写真からは7.7mm単装機銃×2としか見えないため、そのように作りました(スペース的にも4連装機銃は置けないようです)。

 
 軍艦色は新たに調合し直し、以前よりやや明るめかつ若干青を立てたものにしました。しばらくはこの色を使います。

 このタイプの軽巡はバリエーションが豊富で、また船体の一部が異なり煙突も一本多い川内型軽巡も作れなくはないようです。いずれまた作ってみたいものです。

 次はハセガワの1/350赤城に取りかかります。また平行して1/700も何隻か作ってみます。とりあえず香椎1944がそのままになっているため、それを仕上げることにします。

アオシマ1/350軽巡洋艦「長良」(1942)→「阿武隈」(1941)の製作(1)
 前回の更新から二ヶ月が過ぎました。なかなか区切りがつかなかったのですが、現状を報告します。

 航空母艦はハセガワの赤城を作るつもりですが、その前に少し表現的に詰めておきたい部分がいくつかあったので、軽巡を一隻作ることにしました。

 先日新発売のアオシマの長良ですが、艦橋の形やマストの長さなどが明らかにおかしい上に、箱に書いてある「水雷戦隊旗艦」の文字が、長良に関しては極く限られた時期しかないため、長良ではなく1941年開戦時の阿武隈として作ります。阿武隈はハワイ空襲~インド洋作戦の太平洋戦争序盤に第一水雷戦隊旗艦として南雲機動部隊の直衛に加わり、1944年10月のレイテ沖海戦で戦没するまで、同型艦の中では最後まで水雷戦隊旗艦として活動した艦です。

 1942年の長良と1941年の阿武隈では大きな違いが5つあります。

1.艦首形状の修正
2.艦橋形状の修正
3.前部魚雷発射管のくぼみを埋める
4.後部魚雷発射管を51cm連装から61cm四連装へ交換
5.後部甲板の平面形状修正


 阿武隈は完成後に衝突事故で艦首を大破修理した関係で、艦首の形が他の同型艦と違います。まるっきり違うのではなく先端の側面形だけが異なるので、図面からまず側面を削り、実艦の写真を参考に形を整えました。また錨の収納部の形も違うため削りました。

 
 長良の艦橋は一番上の角窓が並んでいる羅針艦橋甲板の高さが2mmほど高く、またその下の甲板も機銃が付く前部の張り出しと後部の張り出しの高さが、本来は一直線になるべきところがズレていて、全体のバランスがおかしくなっています。

 阿武隈の艦橋は元々は長良と同じ形でしたが、太平洋戦争が始まる前に川内型に似た形に改造されました。基本は長良の部品を使い、高さを2mm詰め、各甲板の平面型も少し違うので修正しました。前部マストと見張所は自作、探照灯台はキットの不要部品に丁度サイズの合うものがあったので一部修正して取り付けました。


 阿武隈は開戦前に前部の魚雷発射管を廃止してくぼみを埋めていたため、模型も同じように埋めました。


 後部甲板は建造当時は艦尾側のコブが3つ連なった形でしたが、後に片側を船体の縁まで拡張しました。長良と阿武隈では拡張した側が異なるため甲板の形を修正しました。左舷側にプラ板を貼って表面を削り、右舷側は図面を元に切り取りました。下の船室の形も異なるため修正しました。

 この後部甲板は魚雷発射管室と続いているため、中央甲板を後方で一旦切り離し、後部甲板と接着して裏側の梁を作り、魚雷運搬レールを作って付けました。魚雷発射管の形式も違うため、1/350高雄の部品を流用し台座を作って取り付けました。


 煙突はてっぺんの形状を修正してハンドレールを加えました。


 後部マストも全体的にひょろ長いので、図面と写真から寸法を割り出して金属とプラ材で作り直しました。


 他にも手を加えた箇所がありますが書き切れないほどの大工事になってしまいました。現時点でほとんどの部品の修正と製作が終わっています。残る工程は塗装と組み上げだけなので今月の下旬までには仕上がる見込みです。

アオシマ1/700軽巡洋艦「香椎」(1944)の製作(1)
 先月の末から始めるつもりだった航空母艦は準備に手間取って、開始はもう少し先になりそうです。その間に一隻作っています。


 香椎は元々練習艦として作られましたが、太平洋戦争中は軽巡の種別に入れられ、対潜装備を強化して輸送船の護衛任務に就きました。決して格好の良くない船ではないのですが、アオシマのキットは例えていうならばオセロの中島知子を期待したら中に森三中が入っていたほどのギャップがあって、実物の面影すらありません。そのため、船体に付いたゼイ肉を切り刻んで絞り出し、上部構造もキットのパーツはほとんど使えないためプラ板で作り直します。

 画像は船体のシェィプアップが終わって基本的な構造物を付けたところまでで、これから各部に表現を加えます。

タミヤ1/700軽巡洋艦「五十鈴」の製作(6)
 製作が完了しました。

 
 五十鈴は5,500トン型と呼ばれた日本海軍の代表的な軽巡洋艦の一隻でした。このタイプの軽巡は設計に余裕があったために、何隻か特殊な用途に改造された艦がありました。五十鈴は太平洋戦争中に主砲と航空機を全て取り外して高角砲と機銃を増設した防空巡洋艦に改造されました。模型は1944年10月のレイテ沖海戦当時の状態です。五十鈴はこの海戦の後、1945年4月に潜水艦の雷撃で一生を終えました。

 艦歴20年余のベテラン艦だったため、模型は船体の外板表現と汚しをやや誇張気味に仕上げています。三本煙突のクラッシックなスタイルと、箱形でやや武骨な艦橋に対空用の高角砲や機銃を積んだ対比が出るよう気をつけたつもりです。

 写真を撮り直してヤフーフォトに追加します。次はしばらく止まっていた1/350最上の製作に掛かります。

タミヤ1/700軽巡洋艦「五十鈴」の製作(5)
 再び体調を崩して製作が滞っていました。


 五十鈴の方は全体の形がだいたい出来ました。あと1週間で細部を詰めて仕上がると思います。最上は前回の報告からほとんど変わっていません。これは五十鈴を仕上げてから取り掛かります。

タミヤ1/700軽巡洋艦「五十鈴」の製作(4)
 多忙と体調不良で更新が滞っていました。


 五十鈴は一度船体外板を作ったのですが、どうも誇張しすぎの感があったため、前回より少し抑え気味に表現を変えました。これから塗装と細部の仕上げに入ります。

 最上も若干ながら進んでいます。状況は近日中に書きます。
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まとめ
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